リワークを経て復職するも、鬱が再発し退職

30歳の時に突然、不眠症状が現れ精神科を受診しました。その時の診断名は「神経症性不眠」。睡眠薬と抗うつ薬を服薬しながら、2年半就労していました。32歳の時に突如、躁状態を起こしたことがきっかけで会社を休職。リワークに1年半ほどお世話になり、無事復職するも3ヶ月ほどでうつ状態となり、退職となりました。今年の1月から8ヶ月間は、自分がどの程度の就労負荷に耐えられるのかを検証する目的と、日中活動の場として就労移行支援事業所を利用しています。

福祉施設で通所者同士の連絡先の交換が制限される場合があるけど

先日、通所している就労移行支援事業所から急に「利用者間の連絡先の交換はNGとし、これに違反する場合は契約を解除する場合もある。」と言われました。一方で、私は以前リワークを利用していたこともあるのですが、その時に築いたピアサポーターとはお互い学びあえる関係を今も続けています。福祉施設を利用した経験のある方で、利用者間での連絡先の交換などで注意された方もいらっしゃると思います。ピアサポートの形成について、施設側が制限することについて皆さんはどのようにお考えでしょうか。

B型作業所に通い始めた

現在、私は1年以上のブランクを経て、B型作業所に通い始めました。と言っても、毎週火・水 ・木の13時~15時半までの2時間半だけですが…。当初の予定では、午前9時半~お昼休憩1時間を挟んで15時半まで作業するつもりでしたが、作業所の方からの助言で「最初から無理をしてしまうと長続きしないから 、今の貴女に出来る範囲でやりましょう!」と言って頂いたので、暫くは今のペースで頑張ろうと思っています。

自宅療養→デイケア→就労移行支援→障害者枠で就職

発症は13才からです。不登校を繰り返し、なんとか高校を卒業しました。就労支援講座から短時間バイトを始めるも、うつ症状の悪化により退職。自宅療養後、デイケア通所で体力を付け、就労移行支援へ通い始めました。支援を受けながら就活を行い、現在は障害者雇用で働いています。双極と診断される前は社交不安障害と診断されていました。おそらく、慢性的なうつ状態が対人恐怖として出ていたんだと思います。現在はラミクタール(ラモトリギン)、エビリファイ(アリピプラゾール)を服用しており、体調も安定しています。

就労移行支援事業所で就職活動してみたけれど

現在、就労移行支援施設に通っています。障害者枠で事務職を3社応募しましたが、病気を理由に不採用となりました。Read more

「病気のことは誰にも話すな」という父の言葉を長い間守ってきたけど

私は発症した17歳の時、父親に「自分の病気のことは誰にも話すな。話せばお前が白い目で見られて、お前が苦労する。」と強い戒めを受けました。Read more