「私だけではない」という言葉の意味が半分くらい理解できた
Twitterを通して、何度かの閉鎖病棟での出会いを通して、「私だけではない」という言葉の意味が半分くらい理解できてきた。生きてて良い。生きてるだけで良い。そう言われて今がある。何かをしていなければ、ちゃんと、もっと、ずっと、頑張って血反吐出るまで頑張って、やっと生きていて良いと思っていた。今は少しずつ変わっている。こんな私に「必要だ、生きていれば、それだけで良い」、そう言う人間が現れたこと、とてつもなく大きい存在だ。波はあれど、大波から小波、さざ波程度に揺れ動く。2016年、閉鎖から11月に退院。そこから、ずっと、小波程度に治まっている。関わりの深い人間の言葉や態度は、自分が思うより身体が喜んでいる気がする。
匿名希望097
○性別:女性
○診断名:双極性障害Ⅱ型
○家庭環境:既婚、子供あり
○併発している他の傷病:ADHDの気もあるとも言われています。
○経緯や経過:アルコール依存症を経てうつ病を発症。その後、1年以上に渡り薬をあれこれと変えていくうち双極性障害Ⅱ型と診断。その間、アルコールとOD、膵炎、行方不明、性衝動の逸脱、リストカット、人間恐怖、引きこもり、職を失うなど。
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