特例子会社に入社してから苦労したこと、会社と相談して改善されたところ、知的障害者と働くということ、障がい者スポーツを経験したことなどをお話しします。
1. 特例子会社に入社してから苦労したこと
- 自分の障害を受け入れるのにもっとも苦労した。
- 入社して1、2年で疲労から5日連続の勤務が困難になった。
- 毎日、日替わりで5、6個の現場の仕事をすることで、頭が混乱してしまうようになった。
- 新しい職場で受診のサイクルが手探りになり、生活のリズムが作れなかった。
- それまで自分以外の障害者と接することがほとんどなかったので、他のスタッフとどう接していいのかわからなかった。
- 前職からのヘルニアで腰痛がひどくなった。(頻繁にぎっくり腰を繰り返した。)
- 免疫力の低下から風邪をひくことが多くなった。
- 15時退社で時間を持て余してしまった。
- これらのことが重なって2年目の冬から春にかけて1ヶ月半ほど出勤できなくなった。
2. 会社と相談して改善されたところ
- 3年目に連続勤務を4日までにしてもらった。
- その代わり土日も出勤できるようにしてもらった。
- 現場もイレギュラーがない限り、3つまでにしてもらった。
- 受診日も隔週金曜日に休みをとれるようになり、2週間の生活サイクルができるようになった。
- 腰痛に対して、重いものを持つ仕事、中腰になることが多い現場を外してくれた。
- サポートマネージャーや福祉関係者に、他の障害者スタッフとの接し方、愚痴などを聞いてもらいながら、遠慮せずにコミュニケーションをとれるようになった。
- 以前は他のスタッフに「負けたくない」一心だったが、次第に他のスタッフの実力を認め、敬意を払うようになったら、自分のルーティン、自分のペースに重きを置くようになった。そうなったら、心の負担が軽くなった。
- 業務日誌とは別に、業務評価に関係のない体調日誌を買ってくれ、体調の情報を精神保健福祉士(PSW)の資格を持つサポマネが共有してくれることで安心して働けるようになった。
- 今では15時退社で非常に助かってる。会社に自分の障害を受け入れてもらうのと同時に、自分の中でも障害受容が進んだと思う。
3. 知的障害者と働くということ
自分の職場は知的障がい者が多数を占め、精神障がい者は少数派です。そこで、始めは幼稚な会話や「読み書き計算もできない」と嫌悪感を抱き、なんで大学まで出てこんなに低い次元の人たちと仕事をしなければいけないのかという思いが強かったです。しかし、自分は度々体調を崩し、仕事を休みました。しかし、彼らは滅多に休みませんでした。障がい者スタッフ20名の内7~8人が皆勤賞を取ります。そして、会社が求めてるのは、知識や経験はあるが波のある自分よりも、とにかく休まない彼らだと気づいたときに尊敬の念が生まれました。それからは対等だと思うようになり、「知的だから、これは言ったらマズイ」と遠慮することも少なくなり、これもメンタルの安定に繋がったと思います。
4. 障がい者スポーツを経験
他の支社のスタッフに障がい者スポーツを紹介してもらい、障がい者バレーボールに参加。全国障害者スポーツ大会の某都道府県大会で三位入賞。全国大会の後、背が低いのでフットサルに転向。今は引退。足と腰の故障でリハビリに専念。空いた時間は家庭菜園に力を入れている。
コマツアツヒト
○性別:男性
○年齢:40代前半
○診断名:双極性感情障害→統合失調性感情障害→統合失調症
○障害等級:障害手帳2級
○現在の職場環境:特例子会社でオープン、障害者雇用枠
○現在の家庭環境:両親と実家暮らし
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