私が「完治しない」ことを悲観しない理由

診断されて1年、正直に言うと、どうにかして薬を減らそうとしか考えていなかったのかもしれません。薬を飲むことがなくなれば、完治するんだと思ってました。双極性障害は『完治』しない病気で『寛解』を目指す病気だといわれています。寛解とはWikipediaによると『一般的な意味で完治せずとも、臨床的に「問題ない程度」にまで状態がよくなる、あるいはその状態が続けば寛解したと見なす』とあります。

僕は思いました、そもそも完治ってなんでしょう。例えば骨が折れて、もとに戻れば完治でしょうか。以前と全く変わらない、元通りの状態が完治なのでしょうか。僕はどんなけがや病気だって『完治』なんてありえないと思うんです。過去の自分に戻れないように、けがや病気だった過去は事実としてあるのだから。元通りなんてありえない。日々、自分の考えだったり、想いだったり、変わっていくことは当たり前のことだと思うんですよね。

以前、僕は人が変わったようにしゃべりまくり、多くの人に迷惑をかけました。その事実は消えません。そのせいで自分はなんてことをしたんだ、この世の終わりだとさえ思ってました。もう自分のことなんて誰も相手にしないんだ、とも思ってました。

そんな思いを持ちながら鬱転したまま人と会わず、ちょっと春になってきたから、運動でもしてみようと外に出てみたんです。そしたら、今まで迷惑をかけた人たち(自分ではそう思っていただけ)と会ってみると、音信不通になって心配されていただけだったんです。結構心配されていました(笑)

ちょっと勇気を出して声をかけてみると、案外気持ちが楽になります。双極性障害の人はおしゃべりが大好きなんです。人と接するのが大好きなんです。それがちょっとボタンの掛け違いで、勢いがつきすぎてしまっただけなんです。好きなことをやめるのは、辛いことですよ。あと、運動も大変良いです。

やはり自分の好きなことをしている時が、一番幸せを感じ、気持ちが楽になると思うんです。みなさん何をしている時の自分が一番輝いていると思いますか? うまい、下手など関係なく、一番好きなことをすればいいんです。

僕は『完治』や『寛解』という言葉が嫌いです。薬をきちんと飲むことで、コントロールできるんです。そのために主治医と双方向のコミュニケーションを取って、薬を調整するべきです。現在11錠もの薬を飲んでいますが、生活に影響は全くでていません。主治医にはなんでも相談し、自分をさらけ出すべきです。その方がお互いのためになると思うんです。

僕は双極性感情障害は個性だと思います。たまに想像のななめ上にいっているとは思いますが(笑)

少し長く書きすぎてしまいました。共感してくれる人がいれば幸いです。