病気を悲観せず、前に進む気持ちを忘れないで
先日、同い年の会社の同僚が癌で亡くなりました。私は生まれた時から両親に虐待されながら育ち、またそれがきっかけで鬱を発症し、最終的には双極性障害と診断されました。一生治らないと宣告された時は、そのことを容易には受け入れられず、己の運命を呪い、なんてひどい人生だろうと絶望もしました。
しかし、妻子を残し志半ばにして亡くなった同僚を目の当たりにし、いつまでも自分を悲観していてもしょうがないことに気付きました。生きたくても生きられない人たちもいるのだと痛感しました。
確かに鬱の時は苦しい。感情も保てなくなるし、生きてる価値がないとすら思うこともあるでしょう。躁の時は躁の時でトラブルを起こすことだってあるでしょう。
でも、躁と鬱の波があるということは、鬱の時があっても波が進めばやがてはフラットになる時も来るということです。躁の時でも対策をしておけば最小限の火傷で済み、やがて普通の状態になるはずです。苦しい時があっても、乗り越えられる時が必ず来るのです。必ず。それは忘れるべきではないと思います。
だから、病気で苦しい時も悲観ばかりせず、必ずいつか大丈夫になる時が来る、必ずやりたいことができると信じて下さい。そして、やりたいことができたらなかなか前に進めなくても、1ミリでもいいから前に進もうとして下さい。病気を悲観せず、前に進む気持ちを忘れないで欲しいと思います。
CH3COOH
○性別:男性
○年齢:30代前半
○診断名:双極性障害Ⅱ型
○現在の職場環境:システムエンジニア
○現在の家庭環境:独身(病気発症後離婚)
○併発している他の傷病:なし
○経緯や経過:常軌を逸した両親の干渉や暴力で鬱を発症。4年後双極性障害II型と診断される。
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